「保育所は退所してもらうしかない」被災地の母子、前進阻む制度の「壁」 - 西日本新聞
「今月中に仕事が見つからないなら、保育所は退所してもらうしかないです」。4月中旬、熊本市に住む佐々木直子(24)は市の担当者からこう告げられた。
シングルマザーの直子は民間団体の支援を受けて2月までの3カ月間、職業訓練学校に通った。この間は「就学」扱いとなり、長男の悟(5)と長女の美晴(1)を保育所に預けることができた。
卒業後も、2人の子どもを保育所に預けたまま就職活動。市内の歯科医院に採用が決まりかけていた直後、地震が起きた。
歯科は一時休業し、採用も立ち消えに。直子は市側に事情を説明し、もう少し待ってもらえるよう頼んだが、「求職中の保育は2カ月以内」との入所規則を理由に認められず、退所を余儀なくされた。
地震を受け、市は求職期間の1カ月延長を決定。5月23日付で市内の全保育所に通知したが、それ以前のケースには適用されず、直子はこぼれ落ちた。
収入は生活保護費の月約10万円。近くに頼れる親族もいない。市内の賃貸アパートは天井と壁に複数の亀裂が入り、わずかの余震でもミシミシと音を立てる。応急危険度判定はまだ行われておらず、安全かどうかも分からないが、引っ越しする余裕はない。
地震後、悟は余震を怖がって夜もなかなか眠らない。直子の姿が見えないと泣きだすため、日中も付きっきりの世話が必要だ。「幼い子どもを抱えて、保育所にも通えず、どうやって仕事を探せばいいのか」。直子は、なすすべがない。
熊本市東区の築30年を超える木造2階建てアパートの1階。山村美里(41)はベランダに面した6畳の和室で長女の小百合(15)、長男の信昭(11)、次女の聡子(9)と寝る。枕元にはいつも全員分の靴を置く。再び地震が起きたら、すぐに外に飛び出すためだ。
4月14日の前震と16日の本震で、美里が住むアパートは大きく損傷した。地震直後に雨漏りした影響で天井には染みが広がり、床の一部は抜け落ちそうな状態。少しの余震でもアパート全体がガタガタと震え、「倒壊しないかと毎日ひやひやしている」。
7年前に離婚した美里は工場の深夜勤務を重ねた結果、精神的に追い込まれ、今も心療内科に通院し、生活保護を受ける。小百合は軽度の知的障害があり、信昭も注意欠陥多動性障害(ADHD)があるため、育児にも手がかかる。
地震直後から美里は不動産店を回り、引っ越し先を探すが、生活保護受給者の家賃限度額がネックとなる。
熊本市は地震後、限度額を数千円~1万数千円引き上げたが、4人家族の美里に認められる上限は5万円。地震の影響で賃貸物件が少ない上、信昭を週に1度、通級学級に通わせるため校区外に出ることもできず、条件が合う物件は見つからない。
「子どもたちを安心させるため一日も早く引っ越し先を見つけたいが、どうしようもない」。前に進もうとする母子たちを、制度の壁が阻む。 (登場人物はいずれも仮名)